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お坊さんと落語のブログ

お坊さん(浄土真宗)です。落語も好きで、歴史にも興味あります。

落語「らくだ」で仏教がわかる

落語と仏教

2月8日、「おてらくごのススメ」が開かれました。ご来場頂きましたこと、御礼申し上げます。
また、三笑亭可龍師匠には落語「らくだ」を演じて頂きました。なかなか聞けない噺で、おおいに楽しませて頂きました。感謝申し上げます。

落語「らくだ」は、らくだとあだ名された男が亡くなったところから始まります。らくだの兄貴分はお葬式をしようとするのですが、らくだは長屋の嫌われ者で、らくだの死を喜ぶ始末。それでも無理矢理香典その他を調達し、らくだを火葬場に運びます。

お葬式をするのは、残された人が亡くなった人に挨拶をすることで、それによって心に区切りを付けるためです。挨拶がないまま別れると心がすっきりしないのは、相手が生きていても亡くなっていても、同じことです。亡くなった人への挨拶は、宗教がなくてもできます。亡くなった人がこの世からどこへ行ったかを語ることで、亡くなった人を行方不明にしない、これがお葬式を宗教で勤める意味です。

次回は来年3月8日(水)に開催予定です。三遊亭春馬師匠に「寿限無」を演じて頂きます。こちらにもぜひお越し下さい。

築地本願寺銀座サロンの講座、去年9月に有料化してから客足が落ちているのです。もっと多くの方に来て頂きたいです。

I tried to write the following in English. If I used wrong English, please tell me.

At February 8, "OTERAKUGO NO SUSUME" was held. Mr. SANSHOTEI Karyu performed "Rakuda". "Rakuda" is a rakugo, a Japanese traditional comic storytelling. Rakuda means camels, it is a man's nickname. A story of "Rakuda" is following: Rakuda was dead. His friend tried to bury him. He had few money. So, he forcibly raised necessity for the funeral.

We bury dead people to salute them. Without saluting either living people or dead ones, we would not clear our minds.

Religious tell us where dead people are gone. Therefore, they are not missing. It is significance that funerals are religious ceremonies.